<はじめに>
日本の歴史上を振り返る
1、仏教伝来(正法時代後期、第二の五百年)から平安朝期(京文化)が開花
2、(像法時代後期)、第四の五百年)に入り、多造塔寺、仏教乱立を招く中、(最澄後の伝教大師)比叡山に延暦寺天台宗(法華迹門)を興す。
ところが本尊に迷い、果ては法華経に敵対する真言宗(空海後の弘法大師)他、邪宗浄土宗(念仏)が大謗法を犯すに至る。
3、戦国乱世を繰り返す中、瀬戸内より平清盛(平家)が栄華を極める。
「栄枯盛衰世の常」(祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色盛者必衰の理を顕す)源平合戦の覇者、源頼朝(源氏)、
北条氏らにより都を鎌倉に移し(末法時代に入り)日蓮(大聖人)の出現による「三災七難」(蒙古来襲予言的中)・(三障四魔)の現象を以って「国家諌暁」に至るが北条幕府は聞き入れず、日蓮(大聖人)を佐渡への遠島(当時は死罪に相当)第五の五百年、末法は闘諍言訟・白法穏没)
そして室町時代は朝廷(天皇家)との確執に至る。
4、 群雄割拠の国盗り合戦、三国時代と称し信長は(名古屋)・秀吉は(難波、大阪)・家康は関東(江戸)に各々都を築いた。
5、 徳川の世も15代で幕を閉じ、西欧の植民地化に押され鎖国を「明治維新」と称して民主主義をうたい文句に西欧化の波に飲まれていった。
6、 日本も満州国の誕生を機に朝鮮、台湾、中国、南洋諸島へと占領化を
7、 世界戦争に入り西欧諸国(フランス、ドイツ):帝政ロシア第1次大戦
ナチスドイツの台頭でナポレオンの以来宿敵ロシアを破る
8、 その後、資本主義国(米欧)対 共産主義国(ソ連邦連合国)
第2次大戦へと移り、日本は日英同盟から日独伊(三国同盟)に鞍替えするも、米欧の機嫌を損ね米国の原爆を浴びて敗戦。
9、 敗戦後、米国の支援により国力回復をはかり、高度成長を成し遂げるが、その間において日本の「宗教界」に大きな影響を齎してきた日蓮正宗
「創価学会」が宗門より破門されるという自体に至る。
10、 しかし、第3代会長池田大作氏による192か国地域SGI組織として国連等の舞台で輝かしい活動展開するも国内評価は今一つ。
政界おいては支持率進展せず、ここ新潟においては政令市として全国最 下位(原因はどこにあるのか?)
<一考> 「目的」
1、大聖人ゆかりの地で研修道場のないのは「佐渡」ではないか。
千葉・鎌倉・静岡(富士)その他各地の研修道場とは、構想目的の違いをはっきりとさせることです。
2、「立正安国論」に始まり、「立正安国論」に終わるとは
立正安国論を当時の北条幕府へ諌暁この「国家諌暁」を機に幕府に
疎まれ、佐渡へ流罪(当時死罪に相当)するという末法御本仏への(大謗法)
を犯した事で“新潟(佐渡)広布なくして日本の広宣流布はない”と迄云われ立正安国の精神で広宣流布を目指す事が叫ばれている由来でもある。
3、「島国根性」からの脱却を目指す(代々会長が最も嫌った気質)
- 世間体を気にする ② 長いものには巻かれろ ③ 臭いものに蓋
④ 上の者には、立てつくな ⑤ 旅の恥は掻き捨て
*海の信心(開かれた港、開放的)から村の信心((閉鎖的)へと変遷
これでは「師弟不二」の精神が宿るわけがない。ましてや悪知識に染まり邪宗による御本尊不信(不信謗法)へと「人間革命」に繋がらない。
<そこで再考>
1、地場産業(地産地消)を起こす(この地で実績を積める産業)
2、都会から地方への移転居住)~実家に帰る(制度化したい)
3、近い将来、新潟一区(新潟・佐渡)から衆議院議員の輩出
4、佐渡空港の整備 (海路輸送の限界)国へ働きかける
*先師戸田先生が、自分の事業が苦境の最中に“大学を作ろうや”と
おっしゃった大構想、ましてやそれを受け継いだ弟子池田(当時)
池田先生に至っては、東洋広布をはるかに超えた世界広布へとSGI
組織を立ち上げるに至ったスケールの大きさ。
5、佐渡研修道場の構築推進
“佐渡研修道場を作ろうじゃないか”との師匠の思いは計り知れないが、受けて立つ弟子の一人として出来ることは何か。
*大聖人佐渡流難当時末法御本仏としての振る舞いと自らを命がけで
外護の任に尽くした阿仏房・千日尼はじめ国府入道、一谷入道他、
健気なお弟子さたちの戦いぶりを正しく伝えゆくこと等
<結論として>
1、誓願(題目第一)
“一人立つ”二人は必ず立たん、三人は続くであろう。
(自発能動の勇気ある青年出現を確信)
2、SGI メンバーが佐渡(研修道場)を訪れ順縁広布の舞台で、
やらせ(押しつけ)信心から、気づかせる信心(邪宗破折)へ
3、世界の主要国リーダー達が佐渡(研修道場)の地にて大聖人
仏法の生命尊厳哲理を通し対話原爆記念館(ノーモア・ヒロシマ)
のようにいずれ国連参画への活動拠点を目指したい。
<具体策> (私が手掛けたい事)
1、おけさ柿の生産、加工~干し柿・あんぽ柿・菓子みやげ品他
新潟(巻)との共同生産、出荷で全国展開を推進
- 昆布の生産、加工~5年ほど前から海洋深層水を利用した試み
(未だに市場には出せずにいるが、将来性に期待)
*私の出身地富山県は昆布の消費日本一を誇り、福井県敦賀市は
加工品とろろ昆布が有名(町ぐるみの産業として定評)
3、「どじょう」の食文化を再現させたい
*近くは石川県金沢(近江町市場)では観光客相手に“かば焼き”が好評
年間1トンも生産(養殖)
新潟(亀田)は戦前戦後を通じ「どじょう列車」が走った時代があった。私も子供の頃から近くの田んぼから捕ってきてよく食べたものです。
“ウナギ一匹、どじょう一匹”と評されその滋養、強壮は共に
定評、庶民魚として安価で提供
- まず家庭で食べる ② 観光客相手に店頭又は屋台販売
- 店売り(メニューに入れる)
以上