<佐渡における御書の御出筆>

・「塚原の三味堂と開目抄」「法華浄土問答抄」~四十余年未顕真実

「佐渡御書」~佐前佐後の法華経観「八宗違目抄」

・本尊と一念三千」真の一念三千は、天台の魔訶止観第五にあり、真言はその一部を盗み取る。

「開目抄」の本義~人本尊の開顕の書、諸天の加護(死を覚悟の日蓮の心境に迫る)上行菩薩としての確信

「報恩抄」盲目を開ける功徳あり、無間地獄の道を塞ぎぬ(謗法の怖さ)

「観心本尊抄」法本尊~(題目)一大秘宝への開顕

佐渡における日蓮の身体は摂受とするが、僧の立場からすると相手が順縁ならば摂受逆縁ならば折伏の化導と捉える

・一谷と「観心本尊抄」一谷入道(豪農)近藤氏のことで重連の配下

・中興入道~家族共々に日蓮を外護した

・「日妙聖人御書」鎌倉から佐渡へ幼少女を伴って日蓮を訪ねてきた女性。幼女はその後、乙御前「乙御前御消息」

・“本尊の相貌”虚空会の会座(儀式)曼荼羅の根拠

“一品二半”涌出品第十五(半品)如来寿量品第十六(一品)分別功徳品(半品)

・末法に必要な弘教~本門の題目と本尊を弘通せよ

五網を心得て邪智謗法の衆生が充満するときは折伏を「勧持品二十行の偈を折伏行の実践と認識しそれを証明した日蓮の弘教の独自性三類の強敵の迫害を忍難して弘教するのが折伏です。佐渡における日蓮は僧形ゆえに受け身(摂受)

国主、権力者に対しては逆らえない身分、しかし自分の信念は変えられないとした。迫害者に対し抗戦することではなく相手の教理に対し謗法を諫める事が折伏です。

・生死一大事血脈抄によれば仏の出現目的が一大事因縁と捉え万人成仏にありとする。断見」=死ねば無となる。「常見」=不滅の霊魂を解く。いづれも偏見

・妙法蓮華経の生死 妙は死、法は生なり

釈迦・他方の二仏と我ら衆生の三つまったく差別なし

・広宣流布の大願と師弟不二(三代会長への)信心

佐渡御書を通し、身命を惜しまぬ生き方、実践(異体同心の団結)

「在在諸仏土・常与師俱生」(三世の宿縁)

・釈迦・多宝・上行が担う役割

釈迦(法の正しさ)多宝(普遍性)上行菩薩(主体的実践者)

衆生本有の妙理を目覚めさせる(我が己心の妙理)地涌の菩薩の使命(信心の血脈)~地涌の菩薩の出現に非ずんば唱えがたき題目なり

・信仰の深化~唱題行、祈りの深化(ライフスタイル)

・生死の二法~生死の無限の可能性(妙法)を示す

  • 一生成仏を確信②臨終只今にありとの覚悟③生涯持続の信心

・阿仏房の師を求める信心に学ぶ

病苦、死苦に心揺らぎ過去の信仰の名残が表れて、信心に二心が生ずる様なことがあっても後にどうなっても知りませんよ

・四菩薩:上行(火)浄行(水)無辺行(風)安立行(地)

・変毒為薬(悪が善に転換)

牧口先生の信仰体験

座談会中心の現象を持ってしか証明できない菩薩行の実践(折伏行)宗門にはない在家信仰の卓見

・中道対右から左へのシフト空いたポジション(空間)

中道は概ね正しいとされてるが、時には偽善に感じられるのはなぜか

・日本人の憲法解釈~第九条の理念

諸国民の間のあるいは諸国家の間の普遍的な連帯に基ずく現実化する力を持った理念である。

ハンナ・アーレントの革命について

アメリカの独立革命は建国の創設に伴う権威的行為であった。

日本国憲法にはこの創設という行為がない。そもそもマッカーサーの政治的野心に起因する(日本の占領統治を極東委員会(連合国)に奪われる訳にはいかない母国アメリカに英雄として凱旋するためにも天皇制の継続が必要であった。又、他の戦勝国を納得させる取引としての第九条でもあた。

戦後の日本人にとって第九条の絶対平和主義理念は誇りでさえある。憲法改正に関する抵抗感は非常に強く(変える気なし)自衛隊に関してもこれを支持しないと迄も明記されている。日米同盟・集団的自衛権への行方が気にかかる。

以上